かんばん方式概要、はじめて文書になった「かんばん方式」
はじめて文書になった
かんばん方式

トヨタ自動車の50年史は「かんばん方式」の発祥を次のように記述している。
昭和29年春、業界紙にアメリカのロッキード社でジェット機の組み付けに スーパーマーケット方式を採用し、1年間に25万ドルを節約したという記事がのった。
何の変哲もない小さな記事であったが、これを目に付けた人がいた。
豊田喜一郎のジャスト、イン、タイムの思想を機械工場で実践し、部分的ではあったが 、計画的な流れ生産を可能とした大野耐一であった。(以下省略)

以降トヨタの生産体制は、スーパーマーケット方式が徹底され、その運用の道具として 「かんばん」が使われたことにより「かんばん方式」と呼ばれるようにりました。
しかし、10年以上経過した、昭和40年代に入っても、「かんばん方式」について 書かれた文書はありませんでした。

はじめて文書化されたのは、 工務部の各工程担当が、自分の担当現場の生産の仕組みを事例にまとめる、というものでした。
私もその一員として参加し「事例1」〜「事例3」を担当し記述ました。
今では、多くの出版物が発刊され、学問としても確立している「かんばん方式」ですが、 昭和45年3月に発行された、「かんばん事例集」と比較して現状を反省してみるのも有意義ではないかと思い、ここに紹介します。

リーダー的な立場で編集に携わった方から, 以下のような, さらに、詳しい経緯の寄稿をただきました。


「かんばん事例集」の生い立ちとその後

昭和29年、トヨタ自動車工業(株)の本社機械工場に生産管理の手法として導入された 「スーパーマーケット方式」は、昭和38年に「かんばん方式」へと発展し、その後も進 化しつづけた。

昭和40年11月、TQC(総合的品質管理)の推進により デミング賞実施賞 を受賞 したのを機会に、「かんばん方式」についても、その手法をまとめる必要があるのでは、 という気運があった。

翌、昭和41年10月に 日野自動車工業(株) と業務提携が結ばれ、間もなく管理職の 方々が本社機械工場へ作業実習(延べ約400人)に来られた。作業実習修了時、当時の 大野耐一本社工場長(トヨタ生産方式の生みの親)との懇談会がもたれ、工場長から長年 の間本社工場で培われてきた「ものづくり」の考え方、その手法等が語られた。

これを機会に、数十回実施された懇談会の内容から基本的なことを、本社工場における かんばん方式 の「概要」として整理し、各製造工場で実施されている具体例を「事例集」 として集録し、昭和45年3月にまとめ上げたのが「かんばん事例集」である。
それまで「かんばん方式」について文章化されたものがなく、ここでまとめたものが最初 であった。

昭和45年11月、第1回 日本品質管理賞 受賞時の 本社工場実情説明書 には、生産管 理方式の「特長」として「かんばん方式」が記述された。

その後、「かんばん方式」についてはトヨタ技術会報やトヨタマネイジメント誌 に寄稿され、昭和46年6月には、生産管理部が「企業とかんばん」を上 梓した。

「かんばん事例集」は、昭和47年ごろから 教育部 が社内教育である 班長特別教育 の 教材として活用し、さらに 昭和48年1月 「トヨタ式生産システム----基本編」、昭和5 2年9月「トヨタ式生産システム----応用編」として、更に進化している「かんばん方式」 をまとめ、社内外での活用に供した。

その後、社外での活用が進むにつれて「トヨタ式・・・」は、「トヨタ生産システム」に 改められた。

(文責 尾池 正一)


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